No. 1922

起点は亡き父への後悔
苦手な母が大切な存在に

(栃木県MY/60代女性/会社員) 

真面目で優しく、愚痴や泣き言どころか、自分の気持ちも話さず、家族のために働いていた父。一方の母は、自分の思いが強いところがある上、甘えたがり。私からは甘えられず、正直、“母の愛情”というものを感じたことがありません。子供の頃は、「家にいたくない」「母から離れたい」と思っていました。 

両親に対する思いが変化

昨年、父が他界。ひどく落ち込む母を、「だから、『お父さんを大切にした方がいい』って言ったでしょ!」と、とがめてしまいました。「夫婦のことは夫婦にしか分からない」と返す母の言葉で思い出したのが、入院中、「寂しい、寂しい」と父を恋しがった母と、自分より母を心配していた父の姿でした。私が分からなかっただけで、両親なりに夫婦の絆があったと知りました。 

私自身に残ったのは、「もっと大切にすればよかった」「たくさん話をしておけば…」という後悔。父の亡きがらに掛けた言葉は、「寂しい思いをさせてごめん」でした。そんな中、突然、母が救急搬送。余命2、3日と言われたのです。 

追い込まれて見えた自分の姿

「お父さんが亡くなって間もないのに、どうして!」。パニックになった私は、すぐに偉光会館へ。職員の励ましに落ち着きを取り戻し、必死に救いを求めました。すると4日後、母の容体が安定したのです。「お父さんにできなかったことを、お母さんにしてあげるチャンスを頂いた」と、感謝が込み上げました。 

神示を学ぶ中で気付いたのは、私も、自分の思いを押し付けていたこと。ずっと心の中で責め、母の気持ちも聞かずに上から目線で正そうとしたり、愚痴や不満を聞かせたり。「これは、神が教えてくださる“本物の家族の会話”ではない!」「もっと母を大事にしたい」と本心から思いました。

近づいた母との心の距離 

同じことを聞かれても、「さっき言ったでしょ」ではなく、まずは「そうだね」と受け止める。「もっと分かりやすく…」と、自分の伝え方を変えてみる。そうするうちに、母との心の距離が近づいていきました。外出が大好きな母に喜んでもらいたくて、近所の散歩や道の駅巡りを。神の館へも一緒に行きます。「久しぶりに行けて楽しかった」「○○さんと会えたー」と、にこやかに話す姿は私の喜びです。 

母も、感謝の言葉など口にしたことがなかったのに、身の回りのことを手伝う私に、「ありがとう」と言ってくれるのです。その変わりようは、「お父さんが乗り移った⁉」と思うほど…。ずっと引きずっていた母への負の感情も、きれいに流れました。 

心配を掛けない生き方を

私が一人になることを心配し、私の友人に会うと、「友達でいてくれてありがとう」「これからもよろしく」と声を掛ける母。その姿に、“愛情”を感じます。一緒に過ごせるありがたさが、身に染みる日々。母に心配を掛けないためにも、周りの人に愛の心で関わっていきたい。何より、母との絆を強くしたい。毎晩寝る前の、「きょうもありがとう」「こちらこそ」という温かいやりとりがまだまだ続くように、一日一日を大切にしていきます。 

悔いなき人生歩み抜くため
         奉仕の心を知るべし
 「教え」を学び
   「真理」に生きる努力が
         奉仕の心を引き出す
 相手の気持ちを受け止め
  共感を覚え ますます思いが重なる
奉仕の心で
  夫婦 親子 兄弟姉妹が
          触れ合うほど
  人間の心は安定し
    自我強く 求める思いは
             消えてゆく
 調和する家庭に身を置くことで
             人間は
     「正道」を歩む心が身に付く

(令和7年12月23日〈中略あり〉)