No. 1660

“見詰める的”が定まると
家族の関わりが負担なく

(宮城県MK/40代女性/主婦) 

82歳になる同居の義父は、数年前に義母を見送って以来、体調を崩しやすくなりました。「具合が悪い」と、仕事中に電話が来ることも増え、夫と話し合って、私が退職することに。けれど、何の負担も無理もなく、日々、義父と向き合えます。こんな関わりができるのも、「これまで」があったから…。そう思わずにはいられません。 

苦しかった同居当初…

振り返れば、夫と結婚して22年。温かく迎えてくれた義父母でしたが、初めての同居には葛藤もありました。仕事から疲れて帰宅すると、目に入ってくるのは長女を抱く義母。幼稚園に入るタイミング一つもいろいろ言われ、「私が母親なのに…」と一人で悶々(もんもん)としていたのです。加えて、義父はどこまでもマイペース…。「つらい」と祈願するばかりだった毎日は、神の教えを学ぶ中で、大きく変化していきました。 

“気付き”を求めて神示に触れると、「見えなかったもの」が、不思議と見えてくるのです。「家庭の根幹は夫婦」と見詰める的が定まって、「自分から、夫に何でも話そう」と思いました。“思いを語る”ことを意識すると、夫は穏やかに受け止めてくれます。「これがどうしても気になって…。でも私も自己中だったと思うんだ」。「そうか」と聞いてもらうだけで、自然と気持ちが流れました。 

夫と向き合う時間が増えると、気持ちがグッと楽になり、一人で抱え込むことがなくなりました。「相手に求める思いが強かった」とも見えてきて、家族を受け入れられる自分に…と祈願も変わっていきました。次第に、家の中がギクシャクしたときほど、「何がズレていたのかな?」と自分を振り返るようになったのです。

何げないやりとりで軌道修正が

少し前、義父が体調を崩した時のことです。どうしても外せない用があり、食事や着替えの介助を、家族によくよく頼んで出発。帰宅して驚きました。みんなが、「おじいちゃん、全部自分でできたよ」と言ったからです。「一生懸命になり過ぎて、抱え込んでいたかも」と、ハッとした瞬間でした。時にズレてしまっても、家族がいるから修正できます。「やってみようか」義父に声を掛けると、「うん」という素直な返事。そうしたやりとりにも、いとおしさを感じます。 

お互いに支え合える家族に

先月は、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患が悪化して、急きょ入院した義父ですが、見る見る回復し、今は歩く練習ができるほど。“生きる力”がみなぎる姿に、私の方が「頑張るぞ!」と励まされています。毎日電話が来るので、「調子はどう?」「きょうは歩いた?」などと尋ねると、うれしそうに話してくれます。その雰囲気を感じるのか、夫は「お父さんは“ママ命”だね」と笑顔。「この家族で良かった」その喜びは深まる一方です。

神示「真理」を学び
  「真理」で正しく関わる家庭を築く
 これがかなうほど
   家族の実体は修正されて
        「心の道」を太くする
「真理」に生きる家庭に
  人間の実体(こころ)は磨かれ
   「正道」をゆく存在(ひと)と
             成って行く

『真実の光・神示 令和5年版』85ページ