No. 842

余命宣告からの生還
不安を打ち消す心づくり
(北海道JA/40代女性/主婦)

「治療法が確定していないがん」と言われ、余命宣告された4年前。程なくして、悪性リンパ腫と分かりました。治療法はあるけれど、必ず治る約束はない。まだ娘は小学生。どうしよう…と不安で不安で、毎日泣きました。取り越し苦労という、悪い心の動きが、完全に稼働し始めていました。

私を苦しめる傲慢(ごうまん)な心

それまで勉強会は、たまに足を運ぶ程度。『友輪』もたまに読んで満足。でも、この時の真剣さはそれまでと全く違いました。しがみつくように教会図書を開くと、なぜか分かりませんが、自分に当てはまることばかり書いてあるのです。

「私って傲慢だった?」。おしゃれが大好きで、お酒も大好き。それで人様に迷惑を掛けたことはないし、ほどほどにしていたつもりです。とはいえ、心は常に「もっと、もっと…」の欲だらけ。その思いが、心の器からボロボロこぼれていました。

傲慢な心は、夫や娘への「もっとこうしてほしい」の不満に直結。治療に対しても、見つかりにくいがんを見つけていただいたにもかかわらず、「治るかどうか分からない」などと思う自分は何と傲慢か…。体の前に心が不健康だったのです。

少しずつ変わっていく実感

半年という長い入院生活が始まりました。体調に波があり、常に前向きにいられるわけではありません。それでも、「家族もまた違う苦しみの中で支えてくれている」「友人が会いに来てくれる」と周りの愛に気付き、感謝を伝える私がいました。

ただ、主治医とはタイプが合わず、質問に答えてはくれるものの、素っ気ない感じが引っ掛かります。でも、心配性の私だから、話を聞き過ぎると、逆に不安になるはず。「取り越し苦労の多い私にピッタリの先生」と気付いたのは、退院間近のことです。最後は、先生と涙でがっちり握手。「ありがとう。本当によく乗り越えた」と、うれしい言葉まで下さったのです。神が、こうして少しずつ大切なことに気付かせてくださったので、私も少しずつ変われたのだと思います。

病気が教えてくれたこと

「5年たてば大丈夫」と言われてから4年がたち、定期健診だけになりました。当時は信者ではなかった夫や娘も信者籍を置き、みんなで神の教えを学べる「今」がとてもうれしいです。

今ある自分を日々感謝」この神の教えが、私の傲慢さを抑えてくれます。「きょうも楽しかった」と言えるのは、家族がいればこそ…と、そんな気持ちになれるから。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」にならないよう、いつまでも「今」を大切に。この思いを持てたことが、私の宝物です。

「教え」を学び 「心(人生)」に生かしてごらん
 心は明るく晴れ上がり 全てのこと(真実)を受け止め 「生きる」人と成る
 「真実 真理」に生きて 人間は 真の健康が体験できる
 真の健康は
    全ての出会いを受け止め 感謝して「人生」歩む心を手にした 人の姿にある

「教え」を学び
   「心(人生)」に生かしてごらん
 心は明るく晴れ上がり
    全てのこと(真実)を受け止め
      「生きる」人と成る
 「真実 真理」に生きて
    人間は 真の健康が体験できる
 真の健康は
  全ての出会いを受け止め
    感謝して「人生」歩む
     心を手にした 人の姿にある

『真実の光・神示 平成28年版』14ページ(中略あり)