目指すはツーカーの夫婦
熱心に学んでいる私の変化
(秋田県YO/50代女性/パート)

私はこれまで、偉光会館で神の教えを学ぶことを何より優先してきました。目指していたのは、「『ツー』と言えば『カー』と返ってくる夫婦」。しっかり学び、教えに生きることが大切と張り切っていました。

学んでいる人の方が正しい?

ある時、夫と意見が食い違いました。ささいなことと思っていた私に、「どうせおまえは自分の思ったとおりにするから、俺は何も言わない! 好きなように生きろ!!」と、夫は大きな怒鳴り声。優しい夫の堪忍袋の緒が切れた瞬間…。「私の何が違っていたのか?」そんなことを考えながら、教えを学ぶようになりました。

ある日、出先で軽い接触事故を起こしてしまいました。「仕事優先の夫に連絡してもな」と、自分で対処しようと思いかけて、やっぱり夫に頼ろうと気持ちが動きました。電話すると、驚くほど早く駆け付けてくれ、まるでスーパーマン。しかも、「母さんの声を聞いた時、すぐ来てほしいんだなと感じたから、仕事を早く切り上げたんだ」と言ってくれたのです。

初めて気付きました。夫は、私の「ツー」という思いを感じ取って、「カー」と返してくれる人。でも、私は夫の「ツー」に「カー」と返さず、自分の考えを押し通してきました。そこには、「教えをしっかり学んでいる私の方が、正しい生き方をしている」という誤った確信があったのです。

「カー」と返せる私へと

しばらくして、夫に「仕事の用事で山形に行くけど、母さんは予定があるよな」と言われました。その日は、偉光会館に行こうと思っていた日。でも、夫の表情から、一緒に来てほしいのかなと感じ、「私も行きたい」と答えました。用事を済ませた後、「連れていきたい所があるんだ」とラーメン屋へ。その味は、夫が家で作るラーメンにそっくりです。「お父さんは、この味を再現しようとしてたんだね」。夫の気持ちを感じられたことがうれしかったです。

かつての夫は、口を開けば職場の愚痴がほとんど。そんな会話が苦痛で、関わりを避けていた私。心のどこかで夫の変化を願っていたのかもしれません。でも、本当は、私が「カー」と言う努力をした方が早かったのです。夫の言動を否定する自分。責める自分。気付いて反省しきりでした。 こんなに頼りがいのある夫なのに、私は一体どこを見ていたのでしょう。結婚してもう25年。我が家の春の訪れです。

家族とのつながりは 「教え」のある家庭には 自然と会話が増えて 深まって行く
 相手の気持ちを受け止め 我が思いを重ねて言葉を返す
 この繰り返しに 絆が生まれる

家族とのつながりは
  「教え」のある家庭には
    自然と会話が増えて
      深まって行く
 相手の気持ちを受け止め
    我が思いを重ねて言葉を返す
 この繰り返しに 絆が生まれる

『真実の光・神示 平成30年版』144ページ

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