No. 211

息子に反発されていた私が
手にした仕合せ色の日々
(岩手県AS/50代女性/看護師)

私は、幼い子供を連れ、離婚という道を選びました。2歳で母子家庭となった息子は、中学生になると、「くそばばあ」「俺は世界一不幸だ」と言い放つようになり、どうしていいか分かりませんでした。

見えていなかった自分の心

神の教えを学ぶほど、「自分の心」が見えてきました。私は、「一人親と思われたくない」「常識のある子に育てなければ」「健康管理も気を付けなくては」と、親の考えは全て正しいと思い込み、息子に押し付けてきたのです。

親としてできることは全て…と必死でしたが、息子にとっては、ひと言余計な母親だったと思います。息子だって、学校でいろいろなことがあり、頑張っている…。そう感じ取れた時、「帰りたいと思える家にしたい」「あったかい母親になりたい」と、心から思いました。

神示を学び重ねるうちに、「父親の分まで頑張らなくていい。“母親”として、子供の心を守ることが、私の役目」と分かり、気持ちが楽になっていきました。息子が「学校を休みたい」と言った時も、今は丸ごと受け止めてあげよう…と思いました。そして、何がつらいのか最後までしっかり聞くと、安心した表情に変わったのです。

母親の役割に気付けて、好転

特別なことはしなくても、親子で一緒に過ごす…、その時間の積み重ねが、息子との絆を強めてくれたと思います。

高校生になった頃には、「友達とぶつかっちゃって…」などと、話してくれるようになりました。「今は何を求めているのかなあ」と考えながら話を聞くと、関わり方が自然と見えてきて、会話が広がります。

以前は閉め切っていた部屋の扉も、開いていることが多くなりました。気付くと、まとめておいたごみの袋を出してくれていることもあります。何げないことですが、私にとっては大きな奇跡。こんなに穏やかな日々を送れるとは、夢のようです。

息子は、春から社会人になりました。教えを学んでいたからこそ、親としての正しい関わり方を見失わずに済みました。大きな節目を迎えられた喜びを胸に、親子共にますます成長していきたいと思っています。