No. 1944

定年後に次々見つかった病
夫との生活を見直したら…

(福島県FO/70代女性/主婦) 

私は、短気な上に勝ち気な性格。他の人にできることが、自分にできないなんて許せず、常に「負けるもんか」と生きてきました。会社でも、早朝から深夜まで働き詰め。単身赴任もしました。定年後も、頼まれるまま仕事を継続。子供から、「社員の代わりはいても、お母さんの代わりはいない」と言われ、ようやく退職したのです。 

少しすると、夫も退職。二人の穏やかな暮らしが始まるはずでした。ところが、夫の家事の仕方が気に入らず、つい文句が出てしまいます。優しい夫も、「楽させてやりたいと思ったのに勝手にしろ!」。話し掛けても返事がないか、適当な相づちになり、私も「もういい!」。気付いたら、必要な時しか話さない夫婦になっていたのです。 

自分を見詰めて気付いたのは…

やがて、次々と私に病が見つかりました。物が見えなくなる、背中の激痛、肺の異常…。苦しい日々を送る中、不思議と神の教えが思い出されました。振り返ってみれば、私は自我が強く、家族の心を二の次にしても、仕事を優先。その上、自分が頑張る分、人にも完璧を求め、失敗が許せない。そうした毎日の心の積み重ねが、病気を引き込んだ原因と思い至ったのです。

私が働いてこられたのは、家族のおかげだったのに…。「俺も頑張るから、お母さんも頑張れ」と、何度夫に励ましてもらったか知れません。今こそ、生き方を高め、心の通い合う夫婦になりたいと思いました。 

関わりを改め、重なり始めた心

先入観を持たない、求め過ぎない…。気付いた弱点が出ないように祈願するうちに、こだわりや責める心が徐々に取れていきました。そんなある日、夫が打ち明けてくれました。「耳鳴りがして、話がよく聞き取れない」と。私を無視していたわけでも、いい加減に扱っていたわけでもなかったのです。つらい状況を、イラつく私に言えなかったと思うと申し訳なく、「今までごめんね。聞こえなかったら言ってね」と謝りました。夫を気遣う心が膨らんだら、たわいない会話が増え、「どう思う? 私はこう思うけど」と、自然と意見を聞けるように。近頃は、何事も二人で納得するまで話して決めています。 

「仲良し」と言われる夫婦に

いつしか、「人間だもの、間違えもある」と、自分にも、他人にも、寛容になれた私。その笑顔を見て、「変わったなあ」と夫も笑ってくれます。良い医師との出会いもあり、病状は安定。どれも経過観察で済んでいます。アレルギーのせいで、薬でアナフィラキシーショックを起こしかねない私にとって、服薬がないのは奇跡です。でも、何よりうれしいのは、あれほど負けず嫌いだった自分が、家族や医療スタッフにかけてもらう愛を、素直に「ありがたい」と受け止められることです。 

心が安定していれば、回復力、治癒力は必ず上がる。生き方を磨き、夫婦が心を一つにすれば、病気、事故・災難は遠ざかる。神が表される真理を体感しているから、病気と前向きに付き合うことができています。今では、周りから、「仲が良いね」と言ってもらうまでになった私たち。これからも生き方を高め、夫婦で支え合っていきます。 

「教え」を学び
    「真理」に生きる努力を
          欠いてはいけない
 「心の姿」に映るまで
  「分」に重なる「心」を求めて
            祈願を重ねる
 自然と家族に思い(愛情)が向かい
            会話も深まる
  病気も 事故 災難も
           家族に起きない
 和のある家庭環境が
   いかに「人生」を守るか
      「人生の真理」を悟るべし

(令和3年10月23日)