(福島県HY/60代女性/清掃業)
地域の信者仲間から、「家族に気持ちを語れるようになった」と、うれしい報告を聞く機会が増えました。「自己開示が一番の近道よ」とのアドバイスも。でも、私はなかなかそうできませんでした。
原因は根っこにあった“遠慮”
母子家庭で育ち、苦労する母を見るうちに、自然と身に付いた「大変だから…」の遠慮。甘えたい思いを心の奥底にしまって生きてきたのです。その上、“父”や“夫”という存在の、家庭内での立ち位置も、関わり方も知りませんでした。だから、結婚しても夫を頼れず、結局、家事も、育児も、「私がやればいい」と一人で抱え込みました。
それでいて心に残る、「何で手伝ってくれないの⁉」という不満。その影響か、夫の悪いところばかりが目に付き、責めていたのです。「私は、なぜ、みんなみたいにできないの?」。それまで目を伏せてきた自分の欠けに向き合って、ようやく見えたのが、「思いの強さ」と「求め過ぎる心」でした。
感謝の気持ちが変化の入り口に
そのような中、夫が大病を患い、いつまで一緒にいられるか、先のことは誰にも分からないと痛感。病気を乗り越えてからは、毎朝「きょうも夫に会えた」「いてくれるだけでありがたい」と、夫婦で過ごせる感謝が湧いてくるように。すると、「自分にも欠けがあるのに、夫に求めるのは違う。まず、私から直していこう」と、相手の欠点より自分に目が向いたのです。
相談しているのに、夫から思いどおりの返事がこないと、「でも」「だって」と反論していた私。夫に、「意見を求めてくるけど、自分の答えがあるよね」と言われたこともあったのです。
そもそも、自分の都合だけで唐突に話していたと反省。夕飯を食べて一息ついたら…などと、相手の状況に配慮していくと、それだけで驚くほど真剣に聞いてくれました。だから、素直に話せた職場の悩み。「お母さんは悪くないよ」と言ってもらい、「家族は分かってくれている…」と心が軽くなったのです。私も、自分優先で動かないで、相手の話を聞いていこうとも思いました。そうして後日、意見が対立していた社員とあらためて話し合い、なぜ反対なのかを聞いていくと、知らなかったことが見えました。おかげで、うそみたいに仕事がスムーズに運んだのです。歩み寄り、思いやる大切さを強く実感しました。
明るく、居心地の良い家庭に
最近は、「聞いてほしいんだけど…」「教えてくれる?」と言いながら、夫には、気軽に何でも話しています。夫の考えを聞きたいと純粋に思えるから、ひと言ひと言を素直に受け止められます。そればかりか、一緒に悩んでくれる、どんな気持ちも分け合える夫の存在に、この上ない安心感を味わっているのです。私も、家族にとって居心地の良い家庭にできるよう、これまで以上に心配りしています。
心は、毎日波のように動きます。穏やかな心を保つには、“自己反省”。これができると、どういうときに自分の心が乱れるか分かり、その対処法もつかめてきます。今後も“良い反省”を重ね、常に優しさと思いやりを持てる人を目指していきます。
我が「心の姿」を見詰めて生きる
それがために
「神の教え」を学んでゆく
心の動き見詰めるほどに
皆は今なすべきことが見えてくる
心を開き 我が思いを家族に語る
自然と「思い(情)」が込み上げて
今願い求める思い(心)が
言葉に表れる
この時 家族の心は互いに重なり
「生きる」喜びを共有するのである
(平成26年4月13日〈中略あり〉)
