第11回 パンデミックと社会の未来

パンデミックが持つ社会的機能

新型コロナウイルスの感染拡大、いわゆるパンデミックに突入して2年余りが過ぎました。ワクチン接種が実施された日本では、当初の混乱も収まり、やがて治療法も確立して、問題は過去のものとなっていくでしょう。

このパンデミックは、もちろん健康上の脅威ですが、実はそれとは異なる「社会的機能」を持ち合わせています。それは、日本社会の未来と、私たちの生活に多大なる影響を与えるという「機能」です。

感染がまん延している状況下では、拡大を防ぐために、人間が行動を制限するのが合理的です。それは私たちが守るべきことでもあります。同時に、社会活動を止めないために、感染対策に基づいた生活様式を採用したり、制度を定めたりして順応していくことも必要です。

このように、感染を最小限に抑える方策として、人の行動の抑制や、制度の改革、生活習慣の見直しなどを行うことが、パンデミックが持つ「社会的機能」と言えるのです。

 

格差の拡大とその政治的影響

短期間で一気に地球規模で広がった今回のパンデミック。ゆえに、社会にどのような変化をもたらすのか、考察は不可欠であり、実際にさまざまな検証が始まっています。その検証結果の一部を参考にしながら、「アフターコロナ」の日本社会について考えてみましょう。

まず、多くの結果で明らかになったのは、市民の経済的格差が急速かつ顕著に拡大したという衝撃的な事実です。これは、日本も例外ではありません。その主な原因は、企業の倒産件数の増加や、失業率の急上昇です。経済的に恵まれた層と、そうではない層の差が広がっています。さらに、大多数が「恵まれていない層」に属するという状況が、現実となりつつあることが分かりました。

加えて、この格差拡大は、階級や党派といった意識をつくり出し、単に経済的な意味にとどまらず、政治や思想などの領域にも影響を及ぼす可能性があります。この点も、「アフターコロナ」の社会の特徴として捉えておくべきでしょう。例えば、アメリカでは、経済的格差の拡大が、国民の分断を生みました。トランプ、バイデン両候補が競った2020年の大統領選挙では、その分断から、選挙の運用や投票結果への不信にまでつながったのです。つまり、経済的格差の拡大が政治の領域にまで影響し、民主主義の基盤を揺るがしかねない事態になりました。

このような波及現象は、どこの国でも起こり得るものであり、日本でも次第に現実的なものになると、私は考えています。

 

社会生活の基本にある信頼感

さらに、経済的格差の急激な拡大は、人々の価値観に影響を及ぼす可能性があります。パンデミックによって経済的に困窮するのは、社会全体の動向が原因であり、個人の能力に原因があるわけではありません。自分の努力ではどうにもならない力が働いたことにより、生活のレベルが降下し、そこに甘んじるしかない、受け身の立場に置かれます。このような状況下では、持って行き場のない不満や憤りを人は抱えるものです。その感情は、やがて、制度や経済的富裕層への批判や敵対心を招きかねません。

そして、このような状況が改善されずに長引くほど、制度や人を信頼する心が失われていきます。この「信頼が失われる」というのは、多数の人が共同生活を営む社会において、致命的なことと言えます。信頼は、身近な人間関係にだけ存在するものではありません。交通機関、薬品、食品、あるいは医療など、知らない他人が操作したり、製造したり、担当したりする作業が社会にはあふれています。人々がそれを利用するには、他人を信頼することが基本となっているのです。

ですから、私たちは、知己であるかどうかを問わず、人を信頼する心を大切にし、格差の拡大によって不信感を増大させることのないよう、十分に注意する必要があります。

 

心に目を向け社会を生き抜く

「アフターコロナ」の日本社会がどうなるのか。ここまでの結論を簡単にまとめると、「経済的な格差が拡大して、人と人との信頼関係が薄くなるとともに、政治的な混乱の危険性が潜む社会」ということでしょう。この社会の姿は、日本だけでなく、世界のほとんどの国で予想される姿です。

実は、このような社会になっていく要因は、パンデミック以外にも存在します。18世紀頃から始まった、世界的な近代化に伴う物質重視の社会。その歩みの積み重ねによるひずみです。待ったなしの地球温暖化対策に見られるように、今、これまでの生活や制度を見直さざるを得ない、さまざまな問題が浮上してきています。まさに、これまでの生き方が限界にまで達した状況です。パンデミックは、たまたま一つのきっかけをつくったにすぎないとも言えます。

そのような社会を生き抜く際に、私たちが意識すべきことは何でしょうか。物質や形の豊かさにばかり目を向けては、格差拡大による不満や、不信の心にのまれます。パンデミックの状況下であっても、相手の思いを大切にし、今、自分にできることに誠実に取り組んだ人たちは、その多くがピンチをチャンスに転換しています。唯物ではなく唯心、精神世界に生きることが、大きく変化する社会を生き抜く最良のすべとなるのです。生きるということの本質にしっかり目を合わせれば、社会がいかようなものであれ、常に豊かな心で生きられます。それこそが、神の教えなのです。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

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