第16回 自分の人生をデザインする時代へ

人生のスタイルと社会の現実

社会には、古くから多くの人々が手本として思い描いてきた「人生のスタイル」があります。それは、教育によって示される場合もあれば、常識や制度から生じることもあるのですが、いずれにせよ、そこに社会の価値観が投影されているため、どの社会においても、それぞれの「スタイル」に沿って生活することが奨励されます。そして、そこに暮らす多くの人々もまた、その枠の中で人生を歩もうとするのが一般的でもありました。

しかし、実際の生活を考えると、社会に用意されているこのような「スタイル」は、内容的には決して十分なものとは言えません。特に、これから人生を歩み出す若者は、求めるものが実に多様です。それに比較すると、選択できる「スタイル」の選べる幅は、あまりに限られているのが常なのです。

さらに、人生を選択していく上で出会う、もう一つのネックがあります。それは、社会的な階級や貧富の差など、個人の力で乗り越えるにはあまりに難しい障害の存在です。人生を自由に選択するには、社会にあるそうした問題をも克服しなければならないのが現実なのです。

 

共通から「個」の選択へ

しかし、一方では、20世紀も後半から時代や社会は大きな変革を遂げ、このような人生の選択にも新たな道が開かれてきました。

その理由の第一は、個人の自由を尊重する思想、価値観が強くなり、それぞれの生き方を制約するような社会的な干渉が抑制されて、生活環境の改革が進んできたことにあります。「人生のスタイル」が、身を置く社会が許容する枠を乗り越え、各自の意思に委ねるなど、その選択の幅が広がってきたわけです。

理由の第二は、ごく最近のことになりますが、人生に関する新しい考え方が生まれていることです。これは、IT技術の発達や新型コロナウイルスの世界的流行などを契機に生じた現象とも言えるでしょう。生活の様式や在り方を変えざるを得なくなったことで、従来の通念や様式が重視されなくなり、それらに代わって、「個性や理想の実現を中心とした人生にこそ価値がある」と考えられるようになりました。これからは、若者層を中心に、この考え方をする人がさらに増えていくだろうと予想されます。

 

「働き方」と「結婚観」の変化

日本のこれまでの伝統では、教育・職業・結婚の三つが、重要で不可欠な人生の要素であると位置付けられてきました。教育を受け、社会に出て職に就き、やがて結婚するのが、基本的な人生のスタイルになるという考え方です。

しかし、この考え方も、これから変化していく可能性があります。パンデミックで変化が起きた「働き方」を例に挙げると、従来の出社勤務を基本とする方式に加えて、IT機器を用いて在宅で働くテレワークを基本とした方式が多くの組織で採用されるようになりました。二つの方式のそれぞれに得失はあっても、テレワーク方式は通勤の労力や時間の消費から解放され、どこにいても働けるという自由がある点で、柔軟性のある魅力的な「働き方」と言えます。共働きで子供がいる場合など、この柔軟性は大変に貴重です。新しいライフスタイルを求める人には、より望ましい「働き方」として定着する可能性があるでしょう。

また、最近の若者の傾向として指摘されているのが、もう一方の「結婚」に対する消極性です。統計の上では、若者層の結婚を希望しないという回答が増加しているのです。「働き方」と同じく「結婚」についても、従来の在り方を求めるか否かが、社会のスタイルからではなく、個人の人生設計によって判断され、選択される時代が、既に来ているのかもしれません。

 

人生の問題の本質は生き方

高齢化が進み、人生はこれまで考えられていた以上に長いものとなりました。しかし、この長い人生をいかに生きるべきなのでしょうか。その答えは、今誰もが容易には見つけられないでいます。

時代は急激に変化し、社会も変革し続けています。それだけに、私たちが日々求められる一つ一つの判断は、決して簡単ではありません。また、大きなところで言えば、人生のスタイルの選択もそうです。社会に定着しているスタイルを歩むのか、それとも個性的なライフスタイルにするのかという選択の判断です。そして、この選択のときに忘れてはならないのは、人生の本質が、一人一人の生き方にあるということだと思います。個性や自由の大切さは否定しませんが、それと併せて、この「人生の本質」というものを常に見詰める必要があるのです。

人生は、誰にとっても唯一無二で、掛け替えのないものです。そのことを深く認識した上で、尊い一生をどう使い、どう生きるかが最も大切なことになります。それが、取りも直さず、たった一つの「我が人生」を、正しくデザインしていくことになるからです。

私たちに求められるのは、掛け替えのない人生だからこそ、心も豊かに生きることです。それが、神から命を頂いたことに対して、人間が示せる最上の誠意なのだろうと思います。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

沼野先生の連載コラム、いかがでしたか。感想などを、以下の投稿フォームから、ぜひお寄せください。

時代を生き抜く
社会で光る人