第14回 対面の交流がもたらすもの

関心の焦点はコロナ後の社会に

パンデミック、新型コロナウイルスの世界的大流行は、既に3年目を迎えて、日本では第六波から第七波に移っています。しかし、全体的に眺めれば、収束の方向へ進みつつあるように思われます。

こうした社会の動きに関連する最近の書物の多くでは、「コロナ後の社会」という言葉がよく使われています。フランスの文化人類学者、エマニュエル・トッド氏の対談集が日本でも2021年に出版されましたが、その題名も「パンデミック以後」でした。パンデミック収束の予測は、既に一般的になっているようです。

つまり、人々の関心の焦点は、パンデミックがいつ終わるのかではなく、その後に直面する現実や予想される社会の変容なのです。そして、エマニュエル・トッド氏を含む多くの専門家は、これから人類が経験するであろう社会の変化について、それぞれの見解を明らかにしています。

 

歴史から予測される社会

さて、そのコロナ後の社会とは、どのような社会なのでしょうか。第二次世界大戦から約80年となりますが、それ以前の大規模な戦争が頻発していた80年間と比べても、世界は実に平和な状況でした。ロシアによるウクライナ侵攻のような地域的武力行使が勃発してはいても、地球を二分するような大きな戦争の危険について、具体的に警告し合う状況でもありません。

とはいえ、現代は実に多くの困難を抱えています。その一例が、市民革命や産業革命によって現代社会の根幹となった、民主主義政治や資本主義経済の弱体化です。民主主義の基本である選挙制度も、最近は疑問視されています。資本主義制度も、基本にある利潤獲得が極端な富の格差を生み、社会階層の分立と深刻な対立を発生させて、社会を不安定にする原因ともなっています。

民主主義が形骸化すれば、国家の統治能力は減退し、市民生活の基本概念も、法律や倫理、道徳、あるいは伝統などを基軸とする意識が薄らいで、精神、物資の両面に混乱が生じるでしょう。選挙制度の立て直し、資本主義の倫理的な方向への修正、富や階層の平準化への努力など、いずれも簡単ではありませんが、これからの社会は、その改善に向けてさまざまな努力をしなければなりません。

そこには、多くの苦労が伴い、許された期間内に果たして実現できるのかどうかも分かりません。しかし、それが、今求められる「明日の社会」の姿なのです。この姿は、市民改革や産業革命に端を発した、近世からの社会の流れの先にあるもので、言うなれば、歴史が求める「明日の社会」です。

 

臨時の「対応」が定着した社会

歴史が求める「明日の社会」がある一方で、パンデミック後に予想されるもう一つの社会があります。それは、感染拡大を防止するため、臨時的に実施された生活上の「対応」が、そのまま定着した社会です。まさに、パンデミックが生み出した「新たな社会」とも言えます。

会合、取引、交渉、情報交換、教育、診療…といった、私たちが常に行ってきた対面的な接触行動が制限され、人々のコミュニケーションは、パソコンなどの情報機器を介した方法への切り替えを余儀なくされました。それらは、感染の危険性がなくなれば、元に戻されるはずですが、実際にはそうでないものも多々ありそうです。かえって便利になったり、合理的であったりするものは、人々の生活に定着していくからです。

例えば、企業の勤務態勢では、パンデミック後も在宅勤務が一定の範囲で継続することが予測できます。教育現場での遠隔授業の採用は、情報の効率的な普及と、教育効果向上の点で、定着が望ましい例の一つです。他にも、生活に定着すべきと思われるものが、さまざまな分野にいくつもあるかと思います。

こうして、パンデミックへの「対応」から定着した、新しい生活様式の社会が誕生します。これも、歴史が求める「明日の社会」に並ぶ、新たな社会の姿です。

 

対面してこそ得られるもの

以上のように、パンデミックが去った後の社会のありようを眺めてきましたが、実際は、国や地域、あるいは状況に応じて、さまざまに変化していくことでしょう。歴史から求められるものも、パンデミックへの「対応」の考え方や方針も、多種多様だからです。いずれにせよ、対面的な交流が制約される社会が出現するとしたなら、それは決して望ましいことではありません。

対面でのコミュニケーションには、機械を介在させたものにはまねできない優れた点、つまり、人間が「内面に持っている力を相手方に及ぼす」力があります。言い換えるなら、「説得力をもって、相手を納得させる」力です。対面的な交流が制約されてしまうと、この力が働かなくなってしまいます。

人間関係の中心は、言うまでもなく相互の信頼感です。それを成立させるには、説得力を伴う対面的な交流以外に、効果的な方法はないのです。

信頼関係を築くには、説得力が必要であり、そこに対面的な交流を要する限り、これを制約する社会では、愛情や友情に満ちた人との結び付きは困難になってしまいます。それは、これからの社会において、人々が求める望ましい環境でないことは明白でしょう。人との出会いが深まるほど、人生が豊かなものになると、神も教えてくださいます。対面交流の大切さと、それがもたらす人との結び付きの大切さを、私たちは常に忘れてはならないと思います。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

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