第1回 自然と調和する心に

ボーダーレス思考の流れ

近年の世界の動きの中で顕著なのは、ボーダーレス、すなわち境界をなくそうとする、グローバル化の流れです。「国境」を重視して各国が外交や貿易を行ってきたこれまでの仕組みから、一定の広い地域が一体化しようとする動きです。その代表的なものが、27カ国が加盟している欧州連合(EU)で、単一の通貨ユーロが発行され、人々が自由に移動し、関税のない貿易など、加盟国の政治的・経済的統合が図られています。また、国連やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)なども、目的を持った”大きな固まり”、ボーダーレス思考の一つといえます。しかし、イギリスのEU離脱や米国トランプ政権下での自国第一主義など、ボーダーレスとは相反する動きも出現しました。これらは、グローバル化の時代に対する、一つの抵抗と言えるでしょう。

 

自然環境が全ての文化を生み出す

世界にはたくさんの国が存在しますが、それぞれの国は、大小を問わず、その歴史の中で紡ぎ出された生活様式や価値観を持っています。それらの生活様式・価値観を形成する基となるのが、食物、住居の資材、衣服の材料などを供給している自然環境です。国土の形状や気象条件、雨量や気温といった自然環境の違いが、その土地の人々の生活のありようを決めているわけです。そして自然環境は、このような物質生活を通じて、人々の人間関係や精神的な活動、文学や哲学、宗教などの基盤となっているのです。従って社会生活の利便とは別に、私たちの文化はグローバル化できない面をも持っているのです。

 

日本における自然の二面性

日本の伝統的な生活、価値体系も、私たちの住む国土の自然が持つ特色が反映されていることは、他国と変わりません。日本は、温帯に位置し、北海道から沖縄まで、およそ3500キロの長さで連なる島々から成り立っており、全域にわたり、規則正しい季節の循環が豊かな恵みをもたらしています。その一方で、地震や津波、火山の噴火や台風といった自然災害の危険を常にはらみ、時には、人々から生命や財産を容赦なく奪っています。日本的な生活様式や価値観の背景には、豊かで温和な自然と、災害をもたらす厳しい自然とが併存しています。恵みと加害の両面を私たちの先祖は常に経験してきました。縄文時代にまでさかのぼるといわれる、日本人の信仰である神道の基礎には、豊かで、半面厳しい自然が存在します。人間と自然とが調和する在り方が、豊かな日本の心の原点と言えるでしょう。

 

これからの世界

新型コロナウイルスの世界規模の感染が起こって1年余り。ワクチンの接種が各国で始まり、鎮静化の兆しが見られます。しかし、感染が終息し、過去形で語られるようになっても、今回のパンデミックが現代社会にもたらした影響は、簡単に消え去ることはないでしょう。16世紀から欧米を中心として発達し、近代・現代の社会基盤を提供してきた科学技術ですが、それを中核とする西欧文化のサイドから眺めるなら、絶対的な信頼性を誇ってきた価値観に、深刻な疑問を投げ掛けられたということです。それは、社会構造の変革を迫られるという意味で、革命的なまでの衝撃であると言えるでしょう。世界は今、方向性を見失ったのです。これからも続く混迷の時代に大切なのは、基本に立ち返ることと思います。日本という環境から学んだ、大自然と調和していく心を、いつも座右に置きたいと考えています。世界全体の調和が実現した時に、人類の新たな未来が開けてくるはずです。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

沼野先生の連載コラム、いかがでしたか。感想などを、以下の投稿フォームから、ぜひお寄せください。

時代を生き抜く
社会で光る人