豊かな心を育む環境づくり
(柳川奈奈さん/40代女性/一級建築士)

これまで、住まいはもちろん、学校・こども園、店舗、福祉施設など、さまざまな建築に携わってきました。建物とは、日々の暮らしをそっと支えてくれるもの。でも、日によって、時代によって、行いが変わると、たちまち使いにくいと思われてしまいがちです。しかし、「夢を語り合って、みんなで造り上げたよね」「この壁のキズもあの時の思い出」「あの頃ここをこんなふうに使ったね。でもこれからは、こんなふうに生かしていこう!」等々、長く愛される建物になることが何よりの願い。そのために、お施主さまの夢に重なり、使い手となる方々と心を重ねて設計すること、また、人と、物言うことのない建築・環境をつなげていくこと、これが私の仕事と思い、日々励んでいます。

「調和」が全てをピタリと収めていく不思議

最近、とある法人の家族寮の設計を担当しました。お施主さまは、所属員としての心づくりと、寮内の一体感を育み、家族ぐるみで次世代につながることを望まれていました。土地利用は、普通なら、目いっぱい活用することを考えます。しかし、神の教えに重ねて思考を巡らすと、「本当に必要な分だけ活用させていただこう」という気持ちになれます。そうすると、結果的に無理のない、しっくりした設計になっていきます。また、土地をじっくり見詰め、周辺の建物や自然環境、太陽や風の向き、その地の置かれた状況を隅々まで感じて、それらに調和し、互いが生かし合える建物に…と祈願して考えます。そこに、どのような造りにすればよいのかが自然と見えてくるので、とても不思議です。

今回は、南側隣地に平屋の建物しかなく、空間が開けているので、こちらに共用の通路を設けることにしました。北側隣地はマンションのベランダになっているので、こちらを通路にしてしまうと、いつも人が行き来することになり、お互いに気詰まりと考えたからです。心豊かに暮らせる環境をつくるためには、周辺の環境にどう調和させていくかが、とても重要なのです。さらに、建物は家族で暮らす寮ゆえ、みんなが顔見知りの住民同士が仲良く暮らす、長屋的な感じがしっくりくるなと考えました。南側のリビングの窓を開けると、縁側を介して通路が見え、行き交う人と挨拶を交わし、時に会話が弾む…。そんなイメージです。こうした間取りは、学術的にも、人間関係が深まる造りと言われており、これもお施主さまの思いに自然と重なっていました。そして、家族みんなの居場所を大切にした、必要最小限の間取りを考え、図面を引いていくと、建築法規にも、驚くほどピタリと収まりました。しかも、太陽の温かさが入り込み、風通しが良く、季節を感じながら、自然の力を頂いて暮らせる、環境に配慮した造りにもなっているのです。

その物の本質を見詰め、持っている力が重なり合うことを目指していくと、全てが調和し、土地にも、建物にも、そこに暮らす皆さまにも、一番良い形に収まっていく…。設計というとモノを造っている印象ですが、実際には、モノと向き合い、その力を生かしていく、そのお手伝いをしているだけなのかもしれません。「全てを生かしていくためには…」とお施主さまや環境に仕えていこうという奉仕の思いで取り組んでいくと、毎回謎解きをしている気持ちになりますが、不思議と使ってくださる方々が生き生きと輝く建物が完成します。そして、そのたびに「神の教えで学んでいるとおり」と強く納得するのです。この寮の建設では、必要最小限だけれど、人として心豊かに暮らせる住まいが、神の手の中で、自然と紡ぎ出されていく不思議さをあらためて感じました。そして、今後も、調和が生み出す心の豊かさを感じられる環境づくりに励んでいきたいという思いを強くしました。

「開く」ことを大切に

残念ながら、最近の住宅は、閉じる方向で造られる傾向が強いです。自然との関係も希薄で、人工的な環境下で、自分の都合の良いように暮らそうとする住宅が非常に多くなっていると感じます。これでは、調和の心も、調和するすべも育たず、人間関係を深めることも難しいでしょう。また、より良いモノを欲して、外へ外へと出掛けたくなってしまうこともあるかもしれません。感染症対策で外出自粛が叫ばれているときなど、外へと向いてしまう気持ちを抑えるのは、どれほど苦しいことか…。神の教えにあるように、まずは家族が仲良く、自然や隣人、周りの環境と調和し、ゆったり暮らすことこそ、真の豊かさと再認識しています。祈願で「心」を開いていくと、穏やかで、ゆったりした気持ちになります。そうした心で過ごす暮らしは、さまざまな人やモノとの関わりを生み、より一層心を豊かにします。そこに、ますます喜び多い暮らしにつながっていくことを実感しています。建築も「心」と同じで、開いていくことが大切です。住まいを開いてみると、不思議と心も開かれ、周りの人や自然との関わりが生まれるからです。調和しようと心掛けるだけで、その恵みも頂くことができ、心豊かに、とても楽しく暮らすことができるように感じます。

さあ、もうすぐ春です! 住まいの窓を開け、優しい春風を感じ、祈願とともに自分の心も開いて、家族や我が家、縁ある人やモノと向き合ってみませんか?