9月15日神示 教主正使者供丸光先生のご解析

 

9月の信者心の道勉強会の主題は、「得徳(えとく)」です。得徳とは、一年間「教え」を学び深め、今年の流れに乗って生きることで得られる、まさに品性です。神、仏、人の道を守って暮らすことで身に付く、人格、人品、人柄です。

神が示される「品性の高い人」とは、感謝の心も深く、自然と「希望の光(みち)」(※1)が通って、神に大きく守られている人です。物事を広く受け止め、誰とも調和しながら、自分にできることで積極的に関わります。関わることで、自分自身の良さを発揮し、大いに生きがいを得ているのです。

また、人知を超えた神仏の存在を感じているから、常に謙虚です。人の力や形あるものの限界が分かっているので、「努力すればどうにでもなる」「お金さえあれば…」「肩書があれば…」などという感覚にもなりません。

月々神示を学び、多くの気付きを得て、自分のものにしようと実践に努めた皆さまは、今年の流れを受け止め、乗り越えながら、さらに品性に磨きがかかったことでしょう。

 

この神示は、「気付き」が二つと「悟り」が示されています。まず、最初の段落が、一つ目の「気付き」です。

神魂の時代を 人類は今生きている
 この真実を 信者は心底悟っていようか
 悟れし者は 「教え」に気付きを得て 「運命」が導く「人生」を歩み始めている
 学びが薄く 「教え」の価値が分からぬ人は 知識と体験で教会を見るゆえ 「真理」が見えないでいる

神魂の時代を 人類は今生きている
 この真実を
    信者は心底悟っていようか
 悟れし者は
    「教え」に気付きを得て
      「運命」が導く「人生」を
        歩み始めている
 学びが薄く
    「教え」の価値が分からぬ人は
     知識と体験で教会を見るゆえ
      「真理」が見えないでいる

神は、まずここに気付いてほしいと呼び掛けられています。神魂の時代とは、開運がかなう時代です。神魂の運命を持たれた供丸姫先生が、確かな救いの道を開いてくださったことにより、今は一人一人が教えに生きれば、運命どおりの悔いのない人生、つまり自分の良さを発揮し、生きがい、喜び多い人生を歩めるようになりました。そうした有り難い時代に、人類は今生きているのです。この真実、現実を、教えを知る信者であるなら、心底悟っていようかと、神は問い掛けられています。

それが悟れし者、つかめている人は、「教え」を学ぶことで、多くのことに気付きを得て、ますます素直に、誠実になります。そして、自分に与えられた分、器に見合う生き方、すなわち「運命」が導く「人生」を歩むことができているはずです。ですから、毎日に生きがいが味わえているでしょう。

反対に、学びが薄く、「教え」の価値が分からぬ人は、迷い、悩みの多い毎日かもしれません。教えを全く学ばない、あるいは学んでもうわべだけでは、教えを生き方に反映できず、実体(※2)に流されてしまいます。困ったことがあれば、教えよりも、知識や体験に頼るでしょう。その結果、ますます迷いに陥ります。物事の道理、「真理」が見えなくなってしまいます。

神からこのように投げ掛けられて、自分自身は前者か、後者か、見詰め直してみましょう。前者と思えば、さらに学びを深め、開運を確かなものとするのです。後者であれば、「求めるものが間違っていたかも…」「もう一度しっかり学び直そう」と、今この時から修正することが必要です。

 

次の段落が、二つ目の「気付き」です。

「真理」なき知識は 時代の流れにのみ込まれ 消えてゆく
 我の目標 求め 努力した成果も残らない
 人生に夢が持てず 悩み 苦しむ人の姿が ここにある

「真理」なき知識は
    時代の流れにのみ込まれ
      消えてゆく
 我の目標 求め
    努力した成果も残らない
 人生に夢が持てず
    悩み 苦しむ人の姿が
      ここにある

開運のかなう時代に生きる今、教えを知ったなら、社会の現実に気付かなくてはなりません。今の社会は、「真理」なき知識であふれています。膨大な量の情報が錯綜し、例えば「体にはこれがよい」「それは体に良くない」と、医療関係者さえ正反対のことを言い合います。真実ではない、不実の情報まで出回ります。真理、物事の道理に沿うものでなくては、時代の流れにのみ込まれ、消えていきます。ですから、真理である神の教えで社会を見詰め、判断できるようになることが、とても大切なのです。

「自分はこうしたい」と我の目標を持っても、それが運命に合わず、自我にとらわれたものであれば、求め、努力した成果は出ないでしょう。真理に沿うこと、自身の運命、持っている力を正しく生かすものなら、必ず成果が出ます。分、器に合わず、ただ流行に乗って努力しても、自分の存在は生きず、苦しくなるばかりです。努力も実りません。それが、人生に夢が持てず、悩み、苦しむ人の姿です。

 

最後の段落が、「悟り」です。気付くだけでなく、自身の生き方、信念に取り入れるべき、目指す姿です。

信者は 「教え」に悟りを深め 「道の真理」に生きる努力をする
 その努力は 一人一人の運命の力を引き出す
 信者は 「教え」を学び 「真理」で社会を見詰める努力をする
 その努力は 一人一人の実体を修正する
 神の実在を心に感じ 「道」を守る人は皆 「得徳」の心に悟りが届き 「開運」かなう

信者は 「教え」に悟りを深め
  「道の真理」に生きる努力をする
 その努力は
    一人一人の運命の力を引き出す
 信者は 「教え」を学び
    「真理」で社会を見詰める
      努力をする
 その努力は
    一人一人の実体を修正する
 神の実在を心に感じ
    「道」を守る人は皆
      「得徳」の心に悟りが届き
        「開運」かなう

繰り返し教えに触れ、必要なことに気付き、そして教えに重なる生き方ができるように努力です。人生にはさまざまな努力がありますが、「道の真理」に生きる努力とは、人として基本となる努力です。正しい生き方をしようと決意することです。

神が、人と和を保つように言われたなら、和を保つ努力をし、身勝手な行動を取らないように言われたなら、身勝手をしないことです。「教え」に悟りを深め、「道の真理」に生きる、すなわち教えを深く理解し、生き方に取り入れる努力をするのです。

この努力は、必ず一人一人の運命の力を引き出す結果となります。持って生まれた良さが生き、多くの人々の役に立てます。人から喜ばれ、感謝されます。そして、自分自身の生きがいに返ります。

続けて、神はもう一つ、「真理」で社会を見詰める努力も呼び掛けられました。教えを通して社会の動きを見渡せば、正しいこと、誤っていること、物事の正誤、是々非々が見えてきます。安く売っているからと、必要以上にたくさん買い、結局無駄にするのは間違っています。道を外して非難される人を見て、自分も一緒に責めるのも間違っています。このように物事の是非が見えたなら、自分自身は、「道」を欠かないようにしましょう。

正誤が入り乱れた世の中です。どれを選択し、何を実行すればよいのか、分からなくなっている社会です。しかし、教えを学んでいると、物事の判断軸が身に付きます。「これは、自分の関わることではない」「自分がやるべきことを淡々とやっていればいい」「起きてもいないことを騒ぐ必要はない」などと、シンプルに考えられるのです。すると、時期も待てずに欲に走ったり、見返りを求めて行動したりするようなこともなくなっていきます。

「教え」を学び、教えに生きる努力をしていると、一人一人の実体を修正することができます。「真理」で社会を見詰めるので、真実か、不実か、必要なものか、不必要なものかと、正しく見極められ、人生に迷いもなくなります。

そうした努力の結果、人柄が上がっていきます。人から愛され、敬われる人となります。神の実在を心に感じ、「道」を守る人になります。人知を超えたものへ敬意を持ち、品性の高い生き方ができます。ですから、徳が積まれる生き方、得徳にまで届き、「開運」かなうと、神は言い切られているのです。9月を迎えて、神がご指導くださっているのは、こうした品性の高い生き方です。皆さまには、この生き方を身に修めてほしいのです。

 

※1 希望の光(みち);一人一人が親、先祖から受け継いでいる実体(※2)を修正し、持って生まれた「運命」を引き出して、悔いのない人生へと導くことがかなう、大山命が人類に表してくださった救いのすべ。

※2 実体;親、先祖から受け継いだ、気質、体質、性格。人生は、「運命実体」で回っています。運命は、神が授けてくださった、その人なりの良さ、世に役立つ力です。しかし、実体には、良いものと悪いものがあり、修正しないと、運命の力を妨げてしまいます。