運命の磨き方

こんな童話があります。ある日、始まった胃袋と足の言い争い。 

足;「おいらが歩くから、おいしい物を食べられるんだ!」。 
胃袋;「いいえ。私が栄養を送るから、あなたは動けるのよ!」。 
お互いに譲らず、働きを止めた結果…。動かないから、おなかがすかない。食べないから、動けない。大変なことになってしまったというお話です。 

人間にとっては、胃袋も、足も、どちらも大切。同じように、一人一人の人間も、誰もがこの時代、この家庭に必要とされて生まれた、社会に役立つ力、「運命」を持った存在なのです。 

相手目線でできることを考える

必要なのは、相手を思いやる“奉仕心”。「おいらが頑張って動けば、胃袋さんがおいしい物をいっぱい食べられる」「足さんが元気に歩けるように、たくさんの栄養を届けるのが、私にできること」。そんなふうに互いを思いやれたなら、胃袋も足も、大活躍できたはず。自分目線から、相手目線へ。少しだけ視点を変えて、「周囲のために何ができるか…」を考えてみる。そのちょっとした心遣いに、周りが生き生き、どんどん潤っていくのです。植物だって、愛情のこもった声を掛けられれば、大きく成長するといいます。ショーを見ている観客の拍手や声援が大きい日は、イルカの動きが機敏になるという話もあるそうです。人間も同じです。道で擦れ違う小学生の、元気な「おはようございます!」に、思わず笑顔がこぼれる。そんな経験のある人は、大勢いることでしょう。 

挨拶一つ、声掛け一つも、自分の関わりで、相手が明るく、はつらつとしたならば…。自分の存在を“生かせた”証拠。「運命」を役立てられたということです。 

自分を生かして、生きがいが

社会的に自立できなかった過去のある青年がいました。彼は、同じ苦しみを抱えていた知人に優しく声を掛け、外出できるように後押し。青年の心にあったのは、自分を支えてくれた人への感謝と、「今度は、自分が誰かのために役立ちたい」という奉仕心。知人が外に出られた時の喜びは、言葉にできないほどでした。人に役立つことで得られるものこそ、人間として味わえる最高の生きがい。時間がたっても、立場が変わっても、決して色あせません。 

 神  示
「心(運命実体)」で生きる人間は
 「奉仕に生きる」心(気持ち)を
           強く持つほど
 「運命」の力はいや増し
   生きがい多い人生を歩んでゆける

(平成24年8月29日) 

奉仕心、愛の心を深く大きく

人のために心を使う大切さを、かつて供丸姫先生は、このように教えてくださいました。 

「誰もが誰かに支えられて生きています。自分が育まれた環境を思うとき、自分が感謝し、恩を返さなくてはならない相手がいかに多いか、いかに自分は『借り主』であるか、謙虚な心が湧いてくるはずなのです。『借り主』の自分は、『貸し主』にならなくてはという努力の心も湧いてくるはずなのです」(『生命の歩み』146ページ〈中略あり〉)

私たちは生まれた瞬間から、親や周りの人々、自然から多くのものを「借りて」生きています。その愛に感謝し、人のために役立ち、少しずつ返していく。それが、「奉仕」という生き方です。「相手が生き生きするように」「自分にできることを惜しみなく」そのような人を思いやる奉仕心があれば、さまざまな関わりの中で、運命の力を生かせます。奉仕心、愛の心を深く大きく育むことが、運命を磨き上げていくのです。

受け取った愛と、自分が誰かに届けた愛。その差が、晩年の幸福度を決めます。まさに、情けは人のためならず。これこそが、お金では得られない、掛け替えのない宝です。 

毎年、「おめでとうございます」で幕を開ける一年。歩みを重ねた年の瀬には、これまでの人生をじっくり振り返ってみましょう。たくさんの「ありがとう」を心に抱いて、報恩の思いで「自分の良さ」を縁ある人のために生かす。新たな年も奉仕に生きて、ますます運命を磨き、輝かせていきましょう。