「怒っても状況を悪化させるだけ」と分かっているのに、腹の虫が治まらない。「人をうらやんだって、いいことない」と知ってはいても、落ち込む気持ちが止められない。“健やか”に過ごしたいと願いながらも、そうとばかりはいかないのが、私たちの「心」。自分のものでありながら、なかなか厄介です。
病気、事故・災難の「根は同じ」
しかも、前回確認したとおり、「不健康な心」は、命を運ぶ力である「運命」、生命力を抑え込んでしまいます。そこに引き込むものは、「病気」だけではありません。イライラしながらハンドルを握る、落ち込んでうつむきがちにボーッと歩く…。そうした行動からも分かるように、不安定な心は、事故や災難まで呼び込んでしまうのです。病気と事故・災難は、全く異なるもののようでいて、原因をたどっていくと、その根は同じ。「不健康な心」にあります。自分の内側に現れれば「病気」となり、外に現れれば「事故・災難」になるということです。
神 示
病気を患うのも
事故・災難に遭うのも 因は同じ
「実体」の低さが
「運命」の力を抑えて
起きる真実(こと)
(令和6年11月23日)
心を“健やか”にするカギは…
それでは、生きる力である「運命」を引き出すには、どうしたらいいのでしょう。自分のものなのに、自分ではコントロールできない「心」を、健やかに保つなんて、可能なのでしょうか? 答えはYES。それをかなえるカギは、ごくごく身近な環境である「家庭」にあります! まずは、最も「素」が出る家での自身を振り返り、良いも悪いも心の「クセ」を自覚することです。
こんな話があります。遠出して、大型スーパーまで出掛けたある夫婦。満遍なく売り場を見たい夫は、どんどん先に。じっくり商品を眺めたい妻は、はるか後ろに…。こんなとき、相手を自分のペースに合わせようとすれば、「遅い!」「早過ぎ!」と不満のぶつけ合いに。せっかくの外出が不愉快な時間になってしまいます。でもここで、ちょっと自分を振り返れたら…? せっかち、のんきと、自身の「クセ」が見えてくるはず。このように、「地」が出やすいからこそ、家族との関わりは、「クセ」に気付きやすいのです。また、そのときに「調和する」意識を持てると、「気付く」だけでなく「修正」まで前進できます。
先ほどの夫婦。お互いに、「ごめん、ごめん」を、無理なく伝え合えました。その後は、「何を見てたの?」「あなたが好きなお肉があったんだ」などと素直に会話。双方に「ありがとう」の気持ちが広がって、我慢や不満も残らなかったといいます。
家族とは、遠慮のない言動があっても、「許し合う」間柄。「お互いさま」の心で支え合う、そんな関わりに感謝が深まって、心は“健康”になっていきます。家庭は、生き方を高め、病気、事故・災難を遠ざける力が育つ、まさに苗床。人生の幸、不幸を決定していく、最も重要な環境なのです。
「奉仕の心」が生きる力を
家族の心が重なっていくほど、自然と「私にできることで…」「周りのために…」と、「奉仕の心」が膨らみます。そこには、先入観も損得勘定もありません。ですから、どこに行っても、誰とでも縁を深めていけます。「あなたにお願いしたい」「あなたにいてもらいたい」。人に求められ、頼られたとき、私たちは、自分で思う以上に力を発揮できるものです。「もっと役に立ちたい」と、さらなる力も湧いてくるでしょう。そこに、生きる活力がみなぎって、ますます体も生き生きするのです。
神 示
健康とは何か 「真理」を教えん
「心(運命実体)」で生きる人間は
我が「力(運命)」を
世(社会)に奉仕せんとする
「思い」を強くするほど
心明るく 「夢」を持って
「日々(人生)」歩んでゆける
気持ちは安定し
体も力強く動くのである
(平成23年9月1日)