第9回 人生に臨む日常の心構え

知らないことに驚かない

日本は、世界で最も高齢化が進んだ社会です。とはいえ、社会の年齢構成が高年齢化したにすぎず、「高齢者が全ての活動から外れる社会」という意味ではありません。高齢者の大半は、男女を問わず第一線を退いた後も仕事に就き、あるいは職業以外の分野でも活動を継続しているのが現実なのです。

従って、高齢化社会とは、高齢者と、それ以下の年齢層が入り交じって、さまざまな領域を分担している社会のことで、そこでは、幅広い年齢層の人々が交流しているということになります。

そのような場面で、しばしばぶつかるのが、自分の知らない「言葉」や「話題」です。しかしその際に、知らないことに驚いて、交流から身を引いてはならないのが、心構えの一つ目です。相手が使う言葉や、語る話題を知らないことは、現代では当たり前のことだからです。

年齢差が20歳もあれば、受けた教育や身に付いた知識に、かなりの差異があるものでしょう。そのような人たちが交流する場では、認識が食い違ったり、誤解が生じたりするのは当然です。そこで必要なのは、知らないことを他の人から学ぶことです。単に教えてもらえばそれでよいのです。うろたえることなく、その会話に入っていくのが、正しい対応ということになります。

 

時には譲ってみる勇気を

一口に人との交流といっても、その場面はさまざまです。私たちは、誰もが人間としての感情を持っています。感情が強く出る場合もあれば、逆の場面もあるでしょう。そして、感情が出やすいときには、一歩譲ってみるのが、賢明な対応です。

感情が出やすいものに、親子などの家族や、男女の恋愛関係があります。私の法律家としての体験では、家庭関係の他、地境が問題となる近隣関係が挙げられます。これらの関係は、血縁やそれに匹敵する愛情、あるいは地縁などで、当事者が強く結び付けられていることが特徴です。その結び付きが崩壊すると、反動で感情が逆の方向に行動を駆り立て、簡単には修復できない対立を醸成することになりがちです。そこまでに至らなくても、強い感情が背景にある場合は、結果はかなり深刻なものになる傾向があります。

日常よく見掛けるのは、家庭内における意見の食い違いです。第三者から見れば、大したことではないのに、感情が先に立つと、私たちは、自分の意見にこだわり、賢明ではないと知りながらも、それを実現しようと固執してしまいます。ですから、家庭での争い事などは、自分が先に一歩譲って、円満に解決しておいた方がいいでしょう。少し勇気の要ることですが、それが、人生の心構えとして大切な、二つ目のものです。

 

出会いの大切さを知る

私たちの人生は、人により違います。それぞれ生まれた場所も日時も異なり、性別も選べません。性格など、持って生まれた素質的なものはもちろん、生まれた後の育つ環境もさまざまです。ですから、たどる人生も、同一ではありません。小説であれば、一つとして同じものはないように、人生は、人間の数だけあるということです。

ところが、多様な人生にも、共通する要素が存在します。それが、人との出会いです。およそ人との出会いを欠く人生など、あり得ません。その重要性は、誰もが認めるところです。今日までの人生や現在の家庭、職場での実際の場面を思い浮かべれば、明らかです。誰もが、多くの人と出会って、その影響を受け、掛け替えのない指導に助けられて成長しています。出会いという多大な恩恵を受けて人生を歩んでいるのです。それほど大切なものが、人生における人との出会いです。

また、出会った人と円滑な人間関係を維持することも、出会うことに劣らず重要です。これを誤れば、家庭、職場、その他の社交的な場を問わず、対人関係が破綻し、平穏な生活を営むのが困難になることは、言うまでもありません。

人生におけるさまざまな出会いは、決して偶然のものとは思えません。私たちは、出会いの不思議さを重く受け止めるべきでしょう。全ての出会いに感謝の心を持って、一つ一つの出会いを十分に生かしていくことが大切です。

神は、折に触れて、「人とのつながりを大切にする心」をお教えくださいます。従って、人との出会いを生かしていくことを三つ目の大切な心構えとして、人生を歩んでいきたいと思います。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

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