第8回 心の落ち着きを生む時間と空間

現代社会の密接度

最小単位の家庭から、国家のような大規模なものまで、「社会」にはさまざまな種類があり、それぞれに特徴を持っています。その中で、先進国と呼ばれる国々の社会は、日本を含め、既に21世紀型へと変化しています。21世紀型とは、密接度が非常に高いという特徴を持ちます。現代では、人と人、物と物との間に自然に存在する、時間的・空間的な感覚や隙間を、取り除いたり、極小化したりします。それは、効率を阻害すると判断されるからです。その結果、人や物を含むあらゆる社会の要素が、密接度の高い状態で無駄なく結び合わされています。それが現代社会の特徴です。

 

グローバル化への対応

現在は、誰もがスマホなどを使用し、生活の隅々まで高度の情報化が浸透しています。生産活動や経済取引のグローバル化が進展し、国境を越える人の移動や物資の輸送が途切れません。これらは、以前の農業社会や工業社会には見られないことでした。構造と機能の両面における高い密接度が、グローバル化という新たな潮流に対応する強靱(きょうじん)さを備えていることは、現代社会にもたらした大きなプラスとして評価するべきでしょう。

 

パンデミックの急速な拡散と原因

密接度が高い現代社会の特徴に気付かされたのが、新型コロナウイルスのパンデミックです。2019年の年末から感染が始まり、瞬く間に地球上の全ての地域に拡散しました。悲惨な前例としては、14世紀にヨーロッパで2500万人もの死者を出したといわれるペストの蔓延(まんえん)が、話題に上ります。今回は、ペストに比べて致死率は格段に低く、深刻度は軽いです。問題なのは、ペストにない速さで広く拡散していったという事実です。

 

急速かつ広範囲拡散の原因

ウイルスは、人と人との接触によって感染します。それは、ペスト菌でも同様ですが、感染速度に大きな差を生じさせたのが、現代社会の密接度の高さです。人・財産・情報の移動と集中が重要視される社会において、人や物が密に接触している状況が、ウイルスの感染に最も好ましい状態であることは、容易に想像できるでしょう。14世紀のパンデミックにはなかったこの社会的背景によって、広範囲、かつ 急速な感染拡大が起こりました。

 

密接度と生活の関係

効率の高い物質的なシステムだけではなく、私たち個々の人間が生まれ、育ち、生活してゆく環境面においても、社会は重要な役割を担っています。密接度の高さは、「システム」としては優れていても、人間を育み、心に安らぎをもたらす「文化を養う環境」としての評価は、全くの別物です。コンピューター機器のハードと、そこに組み込むソフトウエアのように、物質的なシステムと生活環境とは、同じ次元で処理することはできないのです。

 

時間と空間の大切さ

ありがたいことに、私たち人間は、肉体と精神により、掛け替えのない喜びを与えられています。ただし、肉体も精神も堅固なものではなく、生命も有限です。喜びとともに、悩みや苦しみも携えながら生きる上で、疲れた体を休める「いとま」や、悩んだ心を癒やす「ところ」が必要になるのです。

この「いとま」や「ところ」を与えてくれる時間や空間という言葉にある「間」という文字は、本来、「すきま」を意味します。体を休めるのも、心を癒やすのも、表立った時や場所ではなく、時間の流れや空間の「すきま」です。このような「間」によって、私たちは、苦しみの尽きない人生でも、挫折や諦めの淵を避けつつ歩むことができるのです。

 

社会生活をする目で受け止める

密接度の高い現代社会は、プラスも多い半面、無駄を省き、効率を重視するところから、人間生活の面からすれば、貴重な「間」を排除してしまう傾向は、否めないでしょう。

社会は、私たちが歩む人生の舞台です。その歩みは、舞台を知ることによって、確実なものになるはずです。人生を衛星写真のように眺める場合にも、舞台である社会を知ることは有益です。常に社会の中で生活する人間の側から、特に今、生活者としての視線を持つことを、私たちは求められていると思います。

神の教えを学んでいれば、身を置く社会に調和するすべや、人間のあるべき姿もつかめます。現代社会の良さを生かしながら、必要な「間」を大切にして、潤いのある人生を歩みたいものです。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

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