第6回 問題に向き合う心を持つ

長寿時代の訪れ

世界で最も長寿であった人の年齢は、122歳とされています。我が国、日本は、かなり前から長寿の時代を迎えていて、120歳とは言わないまでも、男性が81歳、女性は87歳の平均寿命を誇る、世界で最も長寿の国民と言ってよいでしょう。

しかも、現在の日本社会は自由に恵まれていて、人々に一つの考え方を無理強いするようなことはありません。生活を過度にコントロールするような習慣や法律もありません。全体として、大まかで寛容な社会構造です。そこで生活する私たちは、何かを強制されることもなく、自分の判断で人生を歩むことにも困難を感じないでしょう。他の社会や時代に比べて、自由度の高い、ゆとりある人生観を持てる社会が存在しています。

 

喜びとの出会い

もとより人間は、各自、個性を持つ存在です。ですから、人生も、一人一人、歩む道はさまざまであるべきです。自由でゆとりのある人生は、人間の多様な在り方に適合し、誰にとっても望ましいものです。それを可能にする社会は、誠に貴重です。その恵まれた社会を舞台として、どのような経験を積むかを自ら選択し、道を開くことで、一度限りの人生が、自分らしさに満ちたものとなります。多くの喜びと出会えるのです。

たくさんの物を見たり、体験したり、自分と同じような人、あるいは全く異なる人と出会えるのも、うれしいことです。仕事や趣味に打ち込むなど、人生をさまざまにデザインすることができ、自分の個性に彩られた唯一無二の作品となっていきます。それを、自由でゆとりのある日本の長寿社会が可能にしています。

 

問題との向き合い

一方、人生は、長ければそれだけ、内容が多岐にわたることとなり、楽しいことばかりではなく、「悩み」や「苦しみ」、あるいは「失敗」や「挫折」なども、少なからず存在します。しかも、ほとんどの場合、突然、我が身に降り掛かってきます。それが、人生の持つ厳しい一面でもあります。こうした試練が自分に襲い掛かってきたとき、いかに対処するか、私たちは常に問い掛けられているのです。

「悩み」や「失敗」などは、「喜び」や「楽しみ」と違って、自ら選択するものではありません。いつ生じるか分からないのです。ですから、普段から、人生には「失敗」もあることを想定し、備えておくことが必要になります。「悩み」や「挫折」などのマイナス要素に出会う確率は、人生のプロセスの中で、決して小さいものではありません。しかも、多くの場合、私たちが受ける影響の深刻さは、「喜び」や「楽しみ」の比ではないのです。私たちは、このマイナス要素と向き合う心を忘れてはならないでしょう。

 

人生この瞬間が大切

「悩み」や「苦しみ」、「失敗」や「挫折」などは、人間の一生にはありふれた出来事です。人間に悩みがなかったら、小説も、演劇も生まれず、哲学も、科学も成立していないでしょう。それほど「失敗」も「挫折」も、人間と強く結び付いているのです。

それでいながら、私たちは、これらのマイナスの事象が、自分の人生にも起こり得ることを、ほとんど考えずに生活しているようです。それには、人生が長く続くことについての安心感が影響しているのかもしれません。

数年前、27歳にして、がんで生涯を閉じた女性の言葉があります。「自分の人生がいつ終わるかは、誰にも分かりません。ですから、今生きているこの瞬間を、掛け替えのないものとして、大切にしたいと思います」ある医師の著書から引用した、今も私の心に残る言葉です。

私たちは、この言葉からかなり離れたところで、日々の生活を謳歌しているのではないでしょうか。今まさに人として生きる、同じ人間として、人生にいくらでも存在する問題から目を背けることなく、常に正面から向き合う心を持つことが必要だと感じています。「困ったときの神頼み」は利きません。日頃から神の教えを学び、神との絆を深める信者であれば、どのような困難に見舞われても、向き合い、乗り越えることが苦もなくできるものと確信しています。

略歴
東京大学法学部卒業。同大学大学院修了。
平成15年から平成18年まで日本大学法学部法学部長、平成18年から平成19年まで同大学副総長を務める。著書『刑法総論』『刑法各論』ほか。

 

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