9月1日神示 教主正使者供丸光先生のご解析

 

いよいよ光寿信者参拝時を迎える9月です。一年の学びは、祈願祭の神示を軸に月々ひもとき、8月まででほぼ消化しています。そして、毎年9月は、「得徳(えとく)」について、神がご指導くださいます。得徳とは、「教え」に沿った品性の高い生き方、つまり社会の流れに乗って生きられる人格のある人の心です。このたび、日本では歴代最長政権が幕を閉じることとなりました。このように、時代の力が大きく働き、世界が激しく揺れる中でも、1月1日の祈願祭から神示を重ねて学び、実践してきた皆さまなら、きっとこのような得徳心に生きる品格ができていることと思います。

祈願祭の神示とともに、令和2年の課題として示された神示があります。それは、ことし発行の各『友輪』2ページに掲載されている神示です。

神が使者を通し 世に表す「教え」は 全てが「真理」
 人生の「真理」は 「教え」なくして 人の知識 経験では計りきれない
信者は 「教え」の価値をよくよく悟り 「教え」を「心」の支えに生きるべし
 「教え」に「生きる」思いが深まるほど 人の心は安定し 「道」欠く心の動きは起こらない
「教え」のある家庭を 家族でつくる努力を重ねて 人は 「運命」に重なる人生を歩んでゆける
悔いなき人生を手にする 人の姿が ここにある

神が使者を通し 世に表す「教え」は
    全てが「真理」
 人生の「真理」は 「教え」なくして
  人の知識 経験では計りきれない
信者は 「教え」の価値をよくよく悟り
    「教え」を「心」の支えに
      生きるべし
 「教え」に「生きる」思いが
    深まるほど 人の心は安定し
      「道」欠く心の動きは
        起こらない
「教え」のある家庭を
  家族でつくる努力を重ねて
    人は 「運命」に重なる人生を
      歩んでゆける
悔いなき人生を手にする 人の姿が
    ここにある

神の教え、神示は、全てが「真理」です。時代や場所が異なっても、変わらず通用する物事の道理です。それをしっかり踏まえて生きれば、社会にあふれる知識や経験も上手に生かすことができます。しかし、真理のない、その場限りの考え方に気持ちをのまれては、悩み、迷い、災いを招いたりしてしまいます。

「教え」の価値をつかみ、「教え」に「生きる」信念を持つことです。それは、人生における確かな「判断軸」を得ることを意味します。ですから、人の心は安定します。心が安定すれば、「道」欠く心の動きは起こりません。誰とも調和し、みんなが味方してくれます。自分自身も、神から与えられた良さ、運命を発揮し、社会のために存分に役立つことができます。そこに、生きがいのある毎日が送れます。それが、「運命」に重なる人生を歩むことであり、その結果、悔いなき人生を手にすることができるのです。1月から神示を欠かさず学んできていれば、ここまで到達できているはずです。

 

そして、迎えた9月の主題が「得徳」、すなわち教えを基に高い品性を持つ生き方の再確認です。このような人になれば、身近な社会を牽引する存在になっているはずです。会社組織であれば、それぞれの部署で大活躍しているでしょう。家庭でも、社会でも、置かれた環境において、なくてはならない存在となり、良さを最大限に生かせるのです。

「得徳」について表された9月1日の神示は、「悟り」から始まります。身に修めるべき姿が示されています。

「教え」に気付きを得て 「実体」の修正に心使うほど 人は皆 奉仕に「生きる」心が引き出される
 「人生」あるべき心が見えてきて ますます「道の真理」が心の支えとなる
 多くの出会いに引き上げられ 時に支えられ 見守られ 生きがい多い人生を歩んでゆける

「教え」に気付きを得て
  「実体」の修正に心使うほど
    人は皆
      奉仕に「生きる」心が
        引き出される
 「人生」あるべき心が見えてきて
    ますます「道の真理」が
      心の支えとなる
 多くの出会いに引き上げられ
    時に支えられ 見守られ
      生きがい多い人生を
        歩んでゆける

「教え」を繰り返し学ぶことで、さまざまな気付きが得られます。その気付きを基に、自分の修正すべき点を意識することで、自然と「運命」が磨かれ、「人の役に立ちたい」という思い、奉仕に「生きる」心が引き出されるのです。ことし、このように過ごしてきた人は、多くの出会いの中で良さを発揮し、生きがい多い毎日が送れているはずです。そのような生き方ができる自分へと、これからもさらに高めていくことです。

そして、神が示されたこの部分に着目してください。「気付き」です。

信者に問う
 「得徳」の心が分かっていようか
 「教え」に生きる努力を重ねる
 自然と 「人生」を導き守る 「運命」の力が存在することが 感じ取れるはず
 その時 人間は皆 神の実在を理解できる
 同時に 「心の道」に生かされる 我が「人生の真実」も分かる

信者に問う
 「得徳」の心が分かっていようか
 「教え」に生きる努力を重ねる
 自然と 「人生」を導き守る
    「運命」の力が存在することが
      感じ取れるはず
 その時 人間は皆
    神の実在を理解できる
 同時に 「心の道」に生かされる
    我が「人生の真実」も分かる

神は、「得徳」の心が分かっていようかと問い掛けられています。得徳、すなわち「道」を守る品性、人格です。神が言われる人格とは、肩書、立場がある、知識が豊富などということではありません。立場があっても、道を外す人は数知れずいます。本当に人格のある人は、いかなる環境にあっても、縁ある人のために役立ち、周りから敬われるものです。誰からも慕われます。そこにいるだけで、周りが安心します。

そのような人格者になるには、「教え」に生きる努力を重ねることです。繰り返し教えに触れ、教えに生きる努力をするのです。すると、自然と人は、神から世に役立つ「運命」を与えられていることを実感し、神の実在を理解できます。神への感謝が深まり、高い信仰心が持てるでしょう。

すると、「心の道」に生かされる自らの人生の深さも見えてきます。縦の「心の道」は、親から子、子から孫へとつながり、成り立っています。連綿と続く「心の道」に生きる自分の存在であると気付けば、縁のあった家族、身内を批判したり、否定したりすることが、自分の心の道を傷つけると分かるでしょう。分かるからこそ、家族で愛をかけ合い、和のある家庭を築いていくのです。そのような人が、社会で求められる人格者です。

 

最後の段落が、「真理」です。

「神」と「仏」と「人間」と 三つの世界が重なり 回る この世の仕組みが悟れて
    いよいよ人間は 「得徳」の心に生きられる
 極楽の世界が ここにある

「神」と「仏」と「人間」と
    三つの世界が重なり 回る
      この世の仕組みが悟れて
    いよいよ人間は
      「得徳」の心に生きられる
 極楽の世界が ここにある

品性の高い人は、「神」と「仏」と「人間」と、三つの世界が重なり、回る仕組みの中に、自分自身が生かされていると、よくよく分かっているものです。ですから、神に対しても、親、先祖にも、敬意を欠くようなことはありません。周りの誰とも調和して、多くの人々から慕われます。まさに人格者であり、正しい信仰心を持つ人の姿です。

そのような人は、今を極楽として生きられます。極楽の世界とは、あの世にあるのではありません。文字のごとく、毎日が楽しみの極み、常に心が穏やかで、明るく、強く、生きること自体に喜びを味わえます。高い品性を身に付ければ、必ず味わうことができる、この世の極楽です。

 

9月の主題は、「得徳」、徳が得られる人格です。供丸姫先生は、「人・格」とは、「人」として生かされる資「格」を示すのであり、神からそのように認められる人物になってほしいとご指導くださいました。「希望の光(みち)」(※)が通るのは、このような心の人と気付いて、近づく努力をしなくてはいけないのです。

一般社会では、専門知識のある人、肩書のある人々が集まり、議論しても、人を批判、否定し、和を乱すような例もたくさん見られます。それは、神が言われる人格のある生き方ではありません。知識と経験があるだけです。神の教えを知った皆さまには、何としても「教え」に生きて、品性の高い、人格のある、徳が積める生き方をしてほしいのです。そこに、必ず「希望の光」が通り、悔いのない人生が歩めるからです。

 

※希望の光;一人一人が親、先祖から受け継いでいる実体(気質、体質)を修正し、持って生まれた「運命」を引き出して、悔いのない人生へと導くことがかなう、大山命が人類に表してくださった救いのすべ。