8月15日神示 教主正使者供丸光先生のご解析

 

信者心の道勉強会の神示は、今の社会の流れを知り、その中でどのように生きていけばよいのかを、神がご指導くださっています。神とは、全知全能であり、予言ができるとはいえ、10年、20年も先に必要なことを表されているのではありません。先々を見て、今この時期に必要なことをお教えくださっているのです。

まず一年の流れを1月祈願祭の神示から知り、月々学びを重ねていくと、着実に流れに乗って、どのようなことも乗り越えながら、この8月を迎えているはずです。そして、9月になって光寿信者参拝時に入れば、もう来年の流れに移り始めます。ですから、1月から8月まで、神のご指導に触れ、自分のものにすることで、どのような状況下でも、心が大きく揺れ動くことなく、今年の流れに乗った好結果に到達できるのです。

祈願祭の神示の最後の一節が、今年の到達目標です。

「人生」――神の手の中 人が「生きる」 尊き時と悟りを得て 天命を全うする人を目指せよ

「人生」――
    神の手の中 人が「生きる」
      尊き時と悟りを得て
        天命を全うする人を
          目指せよ

信者の皆さまには、ぜひともこの目標に示された心境にまで成長してほしいと願っています。すなわち、人生とは、人が「生きる」、限りのある尊き時であり、掛け替えのないその時間を無駄にすることなく、今できることを精いっぱい尽くして、奉仕の心で生き抜くことです。この心で日々送れば、神から与えられた運命、つまり自分の分・器に見合った生き方ができ、天命を全うする人となる条件が整います。

1月祈願祭の神示を受け、ここまで達成できているかどうかを確認するのが、8月のご指導です。その趣旨の下、1日、15日、23日と三編の神示が表されています。この三編の神示は、ほとんどが「気付き」と「悟り」で、15日の神示にのみ、「真理」が示されています。

神は、再三にわたって、時代が大きく変わるとお教えくださっています。もし今を苦しいと感じるなら、それは自粛要請があったり、経済状況が悪化したりするからではありません。変化に乗ることができないからです。「新型肺炎の感染が怖い」「政府の方針があやふやで困る」「自由に出歩くこともできなくて苦しい」などとのまれてしまわずに、環境に合わせることを意識しましょう。冬に厚着をしていても、夏には厚着をしなくなるのと同じです。不平、不満を持たず、環境と調和することです。自分が生きる今は尊き時だからこそ、一日一日を決して無駄にせず、あるべき心の姿を求めて過ごしましょう。

 

8月15日の神示、その最初の段落は「気付き」です。この中で最も気付いてほしいと呼び掛けられているのが、次の一節です。

人が「生きる」 その意味を正しくつかむ 信者を目指す
 今日の社会 日々「生きる」人の姿を 見詰めてごらん
 「生きる」目的が持てず 目先のことに心振り回されて 「夢」なき人生を歩む

人が「生きる」
    その意味を正しくつかむ
      信者を目指す
 今日の社会 日々「生きる」人の姿を
    見詰めてごらん
 「生きる」目的が持てず
    目先のことに心振り回されて
      「夢」なき人生を歩む

これは、難しい哲学を説かれているのではありません。誰もが人の役に立つものを持ち、この時代、この家庭、この社会に必要とされ、生まれているのです。どのような環境下にあっても、この気付きを決して忘れずに暮らすことです。

現代社会の人々は、生きる意味が分からないために、「いつまでも感染が収まらない」「夏休みも楽しむことができない」「収入が減って困る」などと不満を感じ、生きる目的を見失いがちです。しかし、どのような状況に置かれても、人は誰もが社会に必要とされ、役立つ力を持っています。時と所と立場をわきまえ、進んで人の役に立とうと、奉仕の心を発揮するのです。ここに生きる意味があるとつかむように、神は促されています。

 

次の段落は、「悟り」です。特にこの一節を実行することです。

「教え」を学び 家族との関わりを深める努力をする

「教え」を学び
  家族との関わりを深める努力をする

「気付き」の段落で生きる意味が分かったなら、家族との関わりを深める努力をすることです。家族とは、自分自身が最も深く関わり、決して逃げることができない、血を分けた関係です。その家族との縁を深めることで、人は心明るく、夢を持って生きていけるのです。家庭内では、根である夫は夫らしく家族を支え、幹である妻は家族の心をつなぎ、枝である子供は何でも思いを語り、土である祖父母は豊かな心で家族を見守るなど、立場に応じて正しく関わりましょう。必ず家族の縁が深まります。

 

そして、最後の段落が「真理」です。祈願祭の神示にあった「『人生』――神の手の中、人が『生きる』、尊き時」とは、このことなのです。

人が「生きる」真の生きがい 家族の愛を感じて「生きる」真の喜び
 有限の時代を「生きる」 今なればこそ味わえる 尊き体験が 「人生」にはある
 良き因を「心の道」に残し 「開運」をかなえる人の歩みが ここにある

人が「生きる」真の生きがい
  家族の愛を感じて「生きる」
    真の喜び
 有限の時代を「生きる」
  今なればこそ味わえる 尊き体験が
    「人生」にはある
 良き因を「心の道」に残し
    「開運」をかなえる人の歩みが
      ここにある

生きること自体に生きがいを感じられているかどうか…。ごく自然と、家族、友人、縁のあった多くの人々との触れ合いを通して、人の役に立ち、人から認められたり、褒められたり、感謝されたりすることで、人間は生きがいを味わいます。

そのような人は、常に家族の愛を感じて生きています。同じ家に住んでいようと、離れて暮らしていようとも、家族の愛に支えられ、生きる喜びがあふれているものです。雨が降れば「ぬれなかった?」と、残業で帰宅が遅くなれば「おなかがすいたでしょう?」と、家庭内で思いやりを交わすでしょう。

人は、このように愛の中で暮らすところに、生きる力が湧いてきます。そしてまた、ますます多くの人のために奉仕しようと思います。だからこそ、有限の時代を「生きる」限られた時間の中で、尊き体験が「人生」にはあることを心底味わえるのです。

重ねて、良き因を「心の道」に残していけます。それが、人生であり、真理です。皆さまには、どうしても「生きる」真の生きがいを味わえる人を目指してほしいのです。

 

祈願祭の神示を受け、人生とはどのようなものか、月々学びを重ねて、8月15日の神示の最後に、神から深い「真理」が示されました。8月1日の神示も、「気付き」と「悟り」のみでしたが、8月15日の神示の「真理」につながっています。皆さまには、真の生きがいが持てる自分となって、光寿信者参拝時に神魂に、報告、御礼できるようになってほしいと願っています。