8月1日神示 教主正使者供丸光先生のご解析

社会はまだまだ大きく変わると神が言われた今年、その予言のとおり、世界中の人々の心は、大きな変化の中で、揺れ動いています。次々と襲いくる環境の変化に気持ちがのまれ、悩み、迷う例も数知れません。しかし、激しい変化の渦中にあっても、「教え」を通してどう生きればよいかがつかめた人は、人生を着実に前進させています。

祈願祭の神示を軸に学びを深め、いよいよ8月、自分の心をまとめ上げる時を迎えました。そして、来る9月は、自分の人生を振り返り、一年の成果を神魂にご報告するとともに、絶大なご守護に御礼をする時です。

その8月に向け、悟り心の到達点として神が示されたのが、祈願祭の神示の最後の一節です。『友輪』329号5ページに載っています。

「人生」――神の手の中 人が「生きる」 尊き時と悟りを得て 天命を全うする人を目指せよ

「人生」――
    神の手の中 人が「生きる」
      尊き時と悟りを得て
        天命を全うする人を
          目指せよ

この神示のまとめとして、8月は、1日、15日、23日と三編の神示で、神がご指導くださっています。人生とは、人知を超え、神の手の中で与えられた、人が「生きる」尊き時です。なぜ尊いかといえば、一人一人に天命があるからです。天命とは、神から授けられた「運命」です。生まれ持って備わる寿命であるとともに、「運命」、社会の役に立つ「力」が、人には必ずあるということです。

その天命を全うする人を目指すのです。天命を全うするには、家族で教えを学び、一人一人の運命が枯れないように、運命を磨ける家庭をつくることです。それがかなえば、有限の一生で与えられた運命を生かしきり、意義のある尊い人生が歩めます。

従って、一年の到達点、8月の主題は、「人生とは人間が生きる尊い時」となっています。この主題に対して表された神示が、『友輪』330号26ページから三編、載っています。まず一編目、8月1日の神示は、「気付き」「悟り」「気付き」の内容で構成されています。

最初の段落は、「気付き」です。各自これができているかどうか、振り返ってみてほしいということです。

「人生」を支える柱は「運命」
    この一言「真理」 悟れていようか
 悔いを残す道を自ら歩み 「事」起きて 後悔を重ねる人が多い
 我が身はいかがか

「人生」を支える柱は「運命」
    この一言「真理」
      悟れていようか
 悔いを残す道を自ら歩み
    「事」起きて
      後悔を重ねる人が多い
 我が身はいかがか

まず冒頭に示された一言、「人生」を支える柱は「運命」とは、人生の究極の真理です。一人一人の人生を支えるのは、財産でも、地位、肩書でもなく、自分に与えられた社会に役立つ力、「運命」ということです。この究極の真理が心底つかめているかと、神は問い掛けられています。

運命、すなわち「自分なりの良さ」こそ、人生を支える宝と気付けないから、自分の持ち味にないものを求め、的外れの努力をしてしまうのです。それは、悔いを残す道に自ら進んでいるのと同じことです。

例えば、丁寧さが持ち味の人が、将来性のある職種だからと、不得手なスピード重視の仕事に就くのは、分や器に合わない生き方です。それでは、やがて悩みや迷いが生じて、後悔を重ねることになってしまうでしょう。このような人が多いと、神は指摘され、我が身はいかがかと問い掛けられています。大切なことは、「教え」から自分の良さに重なる生き方をつかみ、それを心掛けることです。

 

次の段落が、「悟り」です。必ず身に付け、実行しなくてはいけないことです。

信者に申す
 「教え」を学び 「心」に生かす努力が必要
 「教え」を深く学ぶほど 人間は「事」起きる前に心が動く
    気付きの心が持てる
 気付けば 自ら対応が変わる
 正しい関わり 正しい考え 正しい行動へと つながってゆく

信者に申す
 「教え」を学び
    「心」に生かす努力が必要
 「教え」を深く学ぶほど
  人間は「事」起きる前に心が動く
    気付きの心が持てる
 気付けば 自ら対応が変わる
 正しい関わり 正しい考え
  正しい行動へと つながってゆく

人生の幸、不幸を決めるのは、一瞬一瞬の心の動きです。「教え」は、教義、教則のように学ぶのではなく、「」の動きに生かすことです。「教え」を深く学ぶほど、正しい「心の動き」が身に付き、「事」起きる前に心が動くと、神は言い切られています。

供丸姫先生が、よく例に挙げて話されました。それは、何となく足を止めると、目の前に石が落ち、間一髪で救われたという話です。そのまま歩みを進めていれば、頭を直撃していたことでしょう。その一瞬の気付きは、学問、知識、経験などの問題ではなく、神の手の中で生まれる「心の動き」です。

「教え」を学び、祈願とともに自分自身に取り入れて、実体の修正を図ることです。その努力ができていれば、神魂のご守護の中にあって、事が起きる前に、後悔することなどないように、気付く心の動きが生まれます。

何としても「教え」に生きて、自身の物の受け止め方、感じ方、生き方そのものを高めていきましょう。すると自然と、人とも、物とも、正しい関わりができていきます。日々の報道などには、正しい関わりが持てていない例があふれています。自分の気に入らないことがあると、「あの行動はおかしい」などと、すぐに人を批判し、否定します。しかし、それぞれの背景には、それなりの事情があるでしょう。自分のするべきこと、自分が関わるべきことだけ、淡々と行動すればよいのです。正しい関わり、正しい考え、正しい行動を意識しましょう。

最後の段落が、「気付き」です。一年間学んできた祈願祭の神示の結論部分です。

運命は 神が一人一人に与えた力
    悔いなき人生を日々歩む「力」と気付くべし
 「教え」を「人生」の支えに生きる人は皆 
    「運命」の力が引き出され 悔いを残す心の動きは起きない
 「道」外さず 日々人との出会いを生かしてゆける
 ゆえに 神の手の中 「運命」に導かれた「人生」を歩んでゆく
 多くの奇跡を体験し ますます精神世界の不思議に 悟りを深める

運命は 神が一人一人に与えた力
    悔いなき人生を日々歩む
      「力」と気付くべし
 「教え」を「人生」の支えに
  生きる人は皆 
   「運命」の力が引き出され
    悔いを残す心の動きは起きない
 「道」外さず 日々人との出会いを
    生かしてゆける
 ゆえに 神の手の中
    「運命」に導かれた「人生」を
      歩んでゆく
 多くの奇跡を体験し
    ますます精神世界の不思議に
      悟りを深める

祈願祭の神示には、「天命を全うする人を目指せよ」とありました。運命の力を磨き、それを正しく発揮できれば、社会に役立ち、神が一人一人に与えた力、生命力を全うして、悔いのない人生を歩むことができます。しかも、その人生は、生きがいにあふれて心から楽しく、人が「生きる」尊き時となるのです。

人生は、最後の最後まで、人の役に立ち、生きる喜びを味わえることこそ、仕合せです。幾つになっても、高齢となった祖父母が掛けるひと言が、家族の大きな励みとなることもあるでしょう。誰にもそうした存在感のある人生を歩んでほしいと、神は願われています。

運命とは、まさに一人一人に与えられた生命力であり、天命です。「教え」を「人生」の支えに生きる、つまりどのようなことも「教え」に照らし合わせて考え、行動できれば、自分自身の「運命」の力が引き出され、悔いを残す心の動きは起きないのです。「運命」の力が引き出されると、実体が抑えられます。これは、一瞬の「心の動き」が守られることを意味します。例えば、短気な人が何か言われても、ムッとすることがなくなるなど、そのような現象が起きてきます。ですから、自分が進んで「教え」を学び、「運命」を磨くことが大切なのです。

世の中には、人との縁、出会いを生かせず、人間関係に問題を抱えて、自ら悩みを生み出している人が数えきれないほどいます。「教え」を踏まえず、感情のままに関わるから、道を欠いてしまうのです。自分の運命、すなわち良さを発揮できなければ、人との縁が仕合せにつながりません。「教え」を踏まえて関わればこそ、「道」外さず、多くの人々との出会いを生かせるのです。これが、「運命」に導かれた「人生」を歩んでゆくということです。 

神は、一人一人の心をじっと見守られています。「教え」を心に生かす努力をしていると、神のお力で心の動きをお守りくださいます。まず、感情に流されず、心に乱れが起こりません。心が守られ、実に穏やかに暮らせます。それが、多くの奇跡を体験し、ますます精神世界の不思議に、悟りを深めるということなのです。

 

人が生きるとは、神から与えられた天命を全うすることです。それは、難しいことではありません。神を心から敬い、信仰心を持って生きるのです。そこに、「教え」で生きる思いが信念へと高まっていきます。そして、生き方が修正されて、運命に重なる日々が送れます。開運のかなう人生の姿が、ここにあるのです。