4月15日神示 教主正使者供丸光先生のご解析

4月15日の神示は、大きく3つのブロックに分けられます。冒頭の6行は「真理」です。肉体がある人間の本質を教えてくださっています。

 

人は 何を心の支えに生きているのか 分かっていようか

人は 何を心の支えに生きているのか
    分かっていようか

「心の支え」が分かっていない人が多いので、神はこのように問い掛けられています。お金や肩書、学歴や経験などを心の支えと思っている人が多いのが現代です。この答えは次に示されています。

 

五感で生きる人間は
    感覚に思いをのまれて 唯物に価値を求め
      精神世界の真実を忘れてゆく
物の価値のみに心奪われ
    「心の道」の真実「真理」が見えないでいる

五感で生きる人間は
    感覚に思いをのまれて
      唯物に価値を求め
    精神世界の真実を忘れてゆく
物の価値のみに心奪われ
    「心の道」の真実「真理」が
      見えないでいる

五感とは、視覚や聴覚など、五つの感覚のこと。人間には肉体があるので、握手をして絆が深まったり、にらまれて嫌な思いをしたりします。これが、感覚に思いをのまれてということです。見たり、聞いたり、触れたりと、体で感じることで、知らず知らずのうちに、心がのまれているのです。そのため、物質的なことだけで物事を判断してしまいます。これが、唯物に価値を求め、精神世界の真実を忘れてゆく

例えば、道で誰かとぶつかってしまったなら、とっさに「すみません、大丈夫ですか」と声を掛ける。車の運転中に道を譲ってもらったなら、御礼の気持ちを表現する。もし割り込まれても、にらみ付けたりしないことです。相手がどうであれ、常に自分の問題として行動するのです。家の中であれば、「帰宅が遅くなってごめんね」など、いつも相手を思いやって声を掛けることです。このように心を大切にする生き方が、精神世界の真実です。

そして、「心の道」の真実「真理」とは、人間の生きるべき姿です。これが見えないでいるとあるので、何を見詰めて、どう生きなければいけないかが分かっていない、ということです。

 

この「真理」のブロックで分かることは、「自分の人生の支えとなるのは、人に良いものを与えていく生き方」ということ。礼を尽くす、感謝する、優しい言葉を掛ける。「相手がこうだから…」ではなく、自分がどのように相手や社会に関わっていくか、「人生は自分の問題」なのです。

 

次のブロックは「気付き」です。

信者に問う
 「人生の終日」に 何を残さんと思い 願うのか
 家族で「教え」を学ぶほど
    人間は 家族 縁者の不思議 存在に 感謝の思いが芽吹く
 「命」の起源が見えてきて 出会いの不思議を受け止められる
 その時 人の心は 感謝心に包まれ
    「心の道」を受け継ぎ 守る「任」を感じる

信者に問う
 「人生の終日」に  
    何を残さんと思い 願うのか
 家族で「教え」を学ぶほど
  人間は  
    家族 縁者の不思議 存在に
      感謝の思いが芽吹く
 「命」の起源が見えてきて
  出会いの不思議を受け止められる
 その時 人の心は 感謝心に包まれ
    「心の道」を受け継ぎ 守る
      「任」を感じる

家庭が与えてくれる、精神世界の「気付き」を、神がこのように詳しくお教えくださっています。

「人生の終日」に、何を残さんと思い、願うのか。あるご家庭を訪ねた時、「これは、いつも父が使っていた椅子です」と伺いました。そのご家族にとっては、ただの椅子ではなく、父の存在をいつも感じさせてくれる掛け替えのない椅子なのです。このように、いつまでも家族や縁者の心に、人柄や生き方が残せるよう歩むことです。

「家族」として頂いた縁は、偶然ではなく、全て神の手の中で計らわれたことです。なぜ、自分はこの家に生まれたのか、それを感じたときに、深い感謝に包まれる。それが人間は、家族、縁者の不思議、存在に、感謝の思いが芽吹くということ。このような豊かな感じ方は、神の教えを学ぶほど深まります。

人は皆、それぞれの役割を持って、その時代に生まれてきます。この、自分の「命」の起源がつかめると、命の尊さが見え、どのような運命実体にも感謝できるのです。感謝心、すなわち、大きな気持ちに包まれて、「心の道」を受け継ぎ、守る「任」を感じる。「守る」というのは、財産を残して…などということではなく、子孫につながる心の道に良いものを残したい、ということです。

このような思いになれば、親に心配を掛けたり、自分の殻に閉じこもって家族との交流を断ったりはしません。不安や悩みが生じれば、何でも家族に吐露して、そのたびに、前向きな心を取り戻していけるのです。

 

最後のブロックでは、「悟り」が2つ示されています。

人間は 我が家の「心の道」に命を与えられ
    「心の道」に導かれて 命をつなぐもの
 この真実が悟れた人は皆
    神の実在を受け入れ 「道」の真理に生きられる

人間は
  我が家の「心の道」に命を与えられ
    「心の道」に導かれて
      命をつなぐもの
 この真実が悟れた人は皆
    神の実在を受け入れ
      「道」の真理に生きられる

これが一つ目の「悟り」です。

神の教えが生き方に取り入れられていると「悟れた」ということです。本物の人格者というのは、神仏を敬う心を持つ、謙虚な人です。そのような人は、「この家に生まれた以上、良いものを残していきたい」という思いで生きているもの。これが、神の実在を受け入れ、「道」の真理に生きられるということです。

 

最後が二つ目の「悟り」です。

人間は皆 神の手の中 肉体に魂を宿され 有限の時を生きる
 その間 魂は 心を支え 「生きる」力となって
    「人生」を開運へと導いてゆく
 人生の真実「真理」を悟り
    「教え」に生きる家庭を築き 子孫に残す心が必要

人間は皆
  神の手の中 肉体に魂を宿され
    有限の時を生きる
 その間 魂は 心を支え
  「生きる」力となって
    「人生」を開運へと導いてゆく
 人生の真実「真理」を悟り
    「教え」に生きる家庭を築き
      子孫に残す心が必要

人の一生は有限。私たちは寿命の中で生きています。いつも精神世界を意識して、家庭で教えを実践して生きれば、限りある命を完全燃焼できます。心の道に良きものを残せる、すなわち開運できるのです。

これが人生の真実「真理」です。この仕組みをよく理解すれば、「教え」に生きる家庭を築き、子孫に残す心が必要ということが、真に悟れるのです。

 

かつて直使が、「足元を見てごらんなさい」とおっしゃいました。足元には、命が息づいていて、葉の裏にはありがいるかもしれません。花屋には並ばないかもしれないけれど、咲き誇っている小さな花もあります。自分を取り巻く世界に存在する、あらゆる命を感じ、その心を慈しむ。まさに精神世界の姿をお教えいただきました。家庭においても、この、「心を大切に生きる」努力が、今、求められているのです。